愛のソナタ〜「熱情」と猫
りっさんのリサイタル

りっさん

りっさんは、今年もやってきた。同じ日にち、同じ時刻、同じ姿で。


私は、彼の姿を認めると、急いで鏡をチェックして、さっと身支度をし、階下に降りていった。


その間にりっさんは。玄関に迎えに出た父と一年ぶりの挨拶を交わし、私のピアノが置いてある部屋に向かっていた。


「りっさん!」

りっさんを呼ぶと、彼は一年前より白髪の目立つようになった長髪を手でちょっと整えてから振り向き、私に会釈した。悲しい笑みを浮かべて。


何もかも、一年前、二年前、三年前、そして私とりっさんが出会った十年前と同じだった。


りっさんは調律師で、毎年一回、私のピアノの調律をしに来てくれる。そして、調律が終わったあと、ピアノの音を確かめるために、少し鍵盤に指を滑らせていくのだが、それはプロ並みの腕前だった。


どうして彼がピアニストにならずに調律師の道を選んだのかは、誰も知らない。だがとにかく、彼が調律師だったからこそ、私は彼を「りっさん」と呼ぶようになったのだった。


つまり、幼かった私は「調律師さん」とうまく発音できずに、「ちょう」と「し」をどこかへ追いやって、単に言いやすく「りっさん」とつづめて呼んだのだ。今では、家族の間でも彼は「りっさん」と呼ばれ、本名は忘れられていた。
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