ぶきっちょ
「けどね、あたしもパパも結婚したことも後悔してないのよ?」
全てを話し終えた母親が、穏やかな笑顔で続ける。
「あなたが生まれてきてくれたから」
これ以上ないくらいの優しい顔と声で、そう言われる。
「パパとの約束と、あなたがいたから頑張って来れたし」
そう言って、食事を終えた食器を片付け始める。
「パパね、トモのサッカーの試合何度も見に来てたのよー」
シンクに食器を運びながら、母親が言う。
「見に行けないあたしのために写真送ってくれるの」
次々に聞かされる初めての父親の事実に、俺は驚いてばかりで。
母親が話している間ほとんど頷くことしかできなかった。
今までずっと父親の話なんて聞いたことなくて。
いや、勝手に捨てられたと思い込んでいたから聞きたくもなくて。
だから父親と母親の間にそんなことがあったなんて知らなかった。
「会うよ」
俺は食器を洗う母親の後ろまで移動して、ただそう告げた。