ぶきっちょ
「山下、ちょっと」
学校に着いたのは午後の授業が始まる直前で。
廊下で担任に呼び止められ、俺は足を止めて振り返る。
「すんません、今来ました」
てっきり遅刻を追求されると思い、俺は素直に謝る。
「そうなのか?それより」
遅刻をスルーした担任は俺に冊子を差し出しながら続ける。
冊子の表紙には『留学』の文字。
「やっぱりお前しか思い付かなくてな。考えてくれんか?」
困ったように担任が付け足す。
『一緒にアメリカに行くか?』
先程の父親の声が頭の中で繰り返される。
『アメリカなら手術できる』
俺は静かにその冊子を受け取りながら、担任に言う。
「少し考えてみます」
俺の答えが予想外だったのか、担任は少しの間固まった。
今まで頑なに断られていたわけだから、まぁそれは当たり前の反応なんだろうけど。
「そうか、よかった」
やっと動き出した担任は俺の肩を軽く叩くと、笑顔で去って行った。
俺は受け取った冊子をそっと鞄にしまい、再び教室へと向かった。