ライギョ
その店はオフィス街から一本入った路地裏にあった。


路地裏と言えど平日の昼間ならサラリーマンやOL客で賑わっていそうな場所だった。


定食屋、蕎麦屋、洋食屋、インド料理屋……様々なジャンルの飲食店が並んでいた。


どの店も大型店と言うよりは、こだわり派の店構えだった。


もうほとんどの店が閉まっていたけれど一番外れにある店は唯一明かりが点いていた。


その前まで行き小夜子から教えられた店名を確認すると俺は引き戸に手を掛けた。


見るからに和風造りのその店は、表に『呑み処 トキ』と控え目にか書かれた札がぶら下がっているだけだった。


「お一人様で?」


と、愛想の良い女将らしき人が出迎えてくれた。


ざっと見て5人くらい座れるカウンターには常連らしき年配のサラリーマンが一人座っていた。


そのカウンターの中では仏頂面の親父さんがいて、一瞬だけチラッとこっちを見た。


「いえ、連れが先に……」


「ああ、小夜ちゃんのお連れ様ね。そこの階段上がって貰って直ぐの座敷にいるから。靴はそこの手前で脱いでね。


「あっ、はい……」


女将さんに言われるまま奥の階段手前で靴を脱ぐ。その脇の小さな下駄箱らしき所に女物の靴が入っているのは恐らく小夜子のものだろう。


あまり幅の広くはない階段を恐る恐る上がると直ぐに座敷があった。


階下の広さからはちょっと開放的になっていてざっと8畳ほどはあるだろうか。


部屋の真ん中に仕切りがありその両サイドに小さめのテーブルと座布団がそれぞれにセットされていた。


小夜子はその片方に座り


「いらっしゃい、待ってたわよ。」


と、何食わぬ顔で俺に手を振った。










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