ライギョ
「美味しいね、これ。」


ーーーー貴女の美味しそうに食べる顔だけで俺はお腹いっぱいになりそうです。


なんて事は当然言えるわけないけれど、こうして榎本ベーカリー近くにある公園のベンチに並んで座ってミカンサンドを食べていると言う事実が俺の心の隅を突付いてくる。


ーーーーこんな風に千晶さんと並んで公園のベンチに座ってるなんてまるで、、、


だけど………


「なんかスイマセン。こんな公園で食べるなんて………申し訳ないです。」


いい大人の男女が公園のベンチでサンドイッチを食べてるとか、冷静に考えると千晶さんに悪い事したなって思う。


ちゃんとした店で食事を済ませるべきだった、例えファーストフードであっても。


「ううん、そんな事ないよ。凄く美味しいし。うちの店でも出したいくらい。」


「えっ、本当に?俺、絶対に食いますよ。」


「ふふっ、ありがと。それよかこっちこそごめんね、変なお願いしちゃって。」


「えっ、いや、俺は全然構わないですよ。」


「だけど………」


俯き加減になる千晶さん。


「兎に角、俺は千晶さんの話に合わせて頷いていれば良いですよね?」


「うん……だけどやっぱり止めようか。嘘の恋人のフリしてもらうなんて………」


いつもと違ってかなり弱気になっているレアな千晶さんを目の前にほんの少し優越感を抱いている俺は人としてどうなのかと思う。


けれどそんな千晶さんが愛おしくって仕方ない。


「いいじゃないですか。別に俺、今、フリーなんだし。今日一日くらい彼氏役、ちゃんと演じて見せますよ。まぁ、頼りないかもだけど。」


と、少し戯けて言ってみせる。


「頼りないだなんて………そんなことないわよ。ーーーそうだね、折角、ケリ着けにここまで来たんだもん。お願いします。」


何かを吹っ切ったみたいに明るく言うと千晶さんは手に持つミカンサンドをまた食べ始めた。


「俺、あそこの自販機で飲み物買ってきます。」


俺はこの人に今、この時だけでも頼られているんだって事が無性に嬉しくて、気持ちを落ち着ける為にも飲み物を買いにその場を立った。









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