桃の花を溺れるほどに愛してる
 迂闊だった。まさか、桃花さんに夏美さんと一緒にいるところを見られてしまうなんて……思いもしなかった。

 夏美さんは歳が3つ離れた僕の血の繋がった姉で、昼間から浴びるように酒を飲んで酔った夏美さんは、僕の仕事場である病院にやってきた。

 今までにも、よっぽどの用がない限りは仕事場には来ないように言ってあるのに、昼間からあれほど酒を飲んでいた辺り、何かあったのだろう。

 夏美さんのことだから、恋人に何かカンに障るようなことを言われたのかもしれない。


 ――「春人なんて……!春人なんてぇっ!!!」

 ――「きらいっ!だいっきらいっ!!!」


 ……夏美さんが僕にくっついていたのは、酔っていて足元がおぼつかなかったからなのだけれど……言ったって信じてもらえないかもしれないなぁ。

 自分から距離をおこうと言った辺り、「アレは誤解です!」と言うのは気が引けるし、そもそも何かを言ったところで言い訳にしか受け取ってもらえないかもしれない。


 ――「春人なんて……!春人なんてぇっ!!!」

 ――「きらいっ!だいっきらいっ!!!」


 ……ダメだ。壊れたレコードのように、繰り返しその言葉が頭を過ぎっては埋め尽くしていく。

 僕にとって桃花さんからのその言葉は……その思いは、どんな死よりも怖くて、恐ろしくて。

 どんなに鋭く尖ったナイフよりも、心をえぐる。深く、深く。
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