桃の花を溺れるほどに愛してる
「……分かった。あんたがその気なら、私にも考えがある。私は明日またここに来るから、その時になっても目を覚まさないようなら別れるから!私、本気なんだからね?!」


 ……ウソ。別れる気なんて毛頭ない。ただ、こうやって言ったら、春人が目を覚ますような気がしただけ。

 それでもまだ目を覚まさないようなら……それはまたその時に考える。


「夏美さん。そういうわけで、今日のところは帰ります。春人に会わせてくれてありがとうございました」

「えっ?え、ええ……。あっ、あの、家まで送ってあげるけど……?」

「気持ちだけ受け取っておきます。今回、私が招いた悲惨については反省しています。でも、やっぱり勝手に死に急ぐ春人には怒りしか湧いてこないので、そのほとぼりを冷ますためにもひとりで歩いて帰ります」


 これも、ウソ。本当は……本当は、春人が意識不明だと知って悲しくて、信じられなくて……だから、人目もはばからず、泣き叫びたい。だから、ひとりを望んだ。

 私は夏美さんにぺこりと頭をさげたあと、流れる涙をそのままに、家へと帰った。よかった、泣き顔……だれにも見られなかった。



 私が春人の病室を出ていったあと、夏美さんが優しく微笑みながらこう言ったことを、私は知らない。


「さっき、春人が桃花ちゃんを選んだ理由が分からないって言ったんだけど……前言撤回」

「あの子のひたむきな想いと真っ直ぐな目を見ていたら、あなたたちがお似合いに見えてきちゃった」

「ねぇ?春人。はやく目を覚めないと、すぐにどこかのだれかさんに盗られちゃうわよ?なんて」



「――それにしても、意識不明とは言ったけれど、命に別状はないって言うのは……忘れてたわ★」
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