桃の花を溺れるほどに愛してる
「ちょっ、人を呼ぶわよっ?!」

「すみません、いきなりナイフなんか取り出しちゃって……怖いですよね。でも、大丈夫です。桃花さんに危害をくわえるつもりは一切ありませんから」

「えっ?」


 言っている言葉の意味が分からず、前に向けていた顔を天霧さんの方に向ける。

 天霧さんはナイフの刃の部分を持ち、柄の部分を私に向かって差し出していた。

 なっ、なんだ?この状況は……。意味が分からないんですけどっ?!

 天霧さんはにこやかと微笑み、言った。


「桃花さんに嫌われるということは、僕自身、死んだも同然です」


 えっ?

 それは……この世界で私に嫌われる=自分は死んでいる、ということ?

 言葉に頭の整理がつかないでいると、天霧さんは続けて言った。


「僕のことが嫌いなら、どうか桃花さんの手で僕を殺してください」


 ――えっ?


「警察署に連れて行かれて桃花さんに会えなくなるくらいなら、桃花さんに嫌われるくらいなら、僕は今、ここで桃花さんに殺されたい……。愛する桃花さんの手を、僕のような者の血に染めるのは正直いたたまれないのですが、桃花さんが『変な男に襲われたから殺した――正当防衛だ』と言えば罪には問われません」


 なに……よ、それ……。
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