桃の花を溺れるほどに愛してる
 榊壬の乗っている車が、道の脇で停まった。僕は彼らに見えないようにして車を停め、彼らの様子を伺う。

 ただの暇潰しだとか、ここがたまり場だとか、そういうことなら桃花さんには関係がないということで、別にいいんだ。道を引き返して桃花さんを探すから。

 けれど、車の中から桃花さんから出て来たら……僕は冷静でいられるだろうか。

 怒りに身を任せて殴り込みに行ってしまうかもしれない。……相手は榊壬以外にもいるようなので、僕に勝ち目なんて、無いだろうけれど。

 落ち着け、僕。むやみに走り寄っていったって、以前のように返り討ちに遭うだけだ。

 ここはいったん、様子を見よう。

 しばらく彼らの動きを見ていると、榊壬が真っ先に車からおりた。

 反対側のドアを開き、中から――気を失っているのか、ピクリとも動かない桃花さんを抱き抱えるようにして持ち上げた。


「っ……!!!」


 やっぱり、榊壬が桃花さんを連れ去って行ったんだ……っ!!!

 無意識のうちに呼吸が荒くなって、心臓が大きく飛び跳ねる。

 助けに行かなくちゃ、助けに行かなくちゃ、助けに行かなくちゃ……でも、待て。まだだ。もうちょっとだけ彼らの様子を伺っていたい。
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