桃の花を溺れるほどに愛してる
「壬、これでいいんだよな?」

「ああ。これでいい。俺は桃花ちゃんを部屋に連れて行くんだけど、君も手伝ってくれる?桃花ちゃんを抱き抱えている以上、1人じゃ扉が開けられないんだ」

「ったく、しょうがねぇな」


 そんな会話が聴こえたと思った矢先、運転席が開き、中から――。

 ……えっ?

 中から出て来たのは、僕が桃花さんに告白する前、桃花さんとぶつかって暴力を振るおうとした男だった。

 あの男は榊壬と知り合いだったのだろうか?それとも、一時的に雇われていたりするのだろうか?

 なんにせよ、あの男は僕と桃花さんに怨みを抱いている可能性があるので、榊壬側についていてもおかしくはないのかもしれない。


「あっ、俺も手伝うっすよ」


 ……えっ?
 今の声って、まさか……?!

 運転席の反対側のドアから出て来たのは、桃花さんが僕に友達だと紹介してきたあの龍宮司聖だった。

 これは一体……どういうことなんだ……?聖くんも榊壬側の人間だったのか?最初から僕や桃花さんを騙すために近付いてきた……のか?

 意味の分からない状況を目の前にして、僕の頭の中が真っ白になり、酸素が乱れていくのが分かった。

 落ち着け。落ち着け。落ち着け。

 何が真実で何が嘘かなんて、今の僕には分からない。

 運転していた男はさておき、聖くんが本当に榊壬側の人間だと決め付けるには、まだ早い気がする。
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