桃の花を溺れるほどに愛してる
 桃花さんの反応を見るのが怖くて、榊くんの顔を見たくなくて、目の前の現状を背けるように、僕はその場でうなだれるように俯いた。


 ――「彼女の場合、今回の自殺未遂のキッカケとなった恋愛絡みのモノから、自分の身を守るために引き起こされたことだ。それ相応の刺激を与えてやれば、すぐにでも記憶は戻る」


 昔、桃花さんの意識が戻ってすぐ、父さんとした会話が頭を過ぎる。


 ――「自分の身を守るために、彼女の脳はそのつらい部分の記憶を消したんだ。言い換えれば、脳が消さないといけないと判断したほどのつらさが、その記憶に詰まっている」


 そうだね、父さん。


 ――「キッカケを与えてやればいいだけのことなのだから、記憶を元に戻すのは実に簡単だ。しかし、それが本当に彼女にとっていいことなのか……幸せなことなのかは、誰にも分からない」


 まったくもって、その通りだよ。


 ――「記憶を元に戻したところで、彼女は精神的ショックに押し潰されて壊れてしまうかもしれない。消えた約2ヶ月のこととは引き換えに、他の記憶が失われるかもしれない……」


 だから、僕は。


 ――「どうするかは彼女の両親次第でもあり……春人、お前次第でもある」

 ――「……えっ?」

 ――「“大切な人”、なんだろう?」


 誰よりも大切な桃花さんだから。


 ――「どのような形で彼女を支えていくのかは、お前が決めろ。俺は何も言わん。……まさか、『記憶をなくした彼女はもう大切じゃない』――などと抜かすわけじゃあ無いだろう?」


 ずっと、ずっと、ずっと、陰からずっと……桃花さんを守ってきたんだ。
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