桃の花を溺れるほどに愛してる
【桃花 Side.】


 春人が助けに来てくれて本当によかったと、心の底から思う。

 この建物から出ないことには、安心は出来ないと分かっていたけど……榊先輩の言葉の意味が分からなくて、自然と私の眉間にシワが寄る。


「どうしたの?まさか、覚えていないの?……ああ、そうだった。覚えていないんだった。忘れていたよ、ごめんね」

「え……?」


 私が、覚えていない……っていうこと?なにそれ、どういうこと?


「や……めろ……」


 私をかばって背中に傷をおった春人が、隣でしゃがみ込みながら、小さな……だけど、必死さが滲み出ている声で言う。

 春人は……知っている?榊先輩が言っていた“覚えていない”に関して、春人は何かを知っているの?


「や、め……」

「だって――」

「やめろぉぉぉおおおっ!!!」


 見たことのない春人の焦り具合に、私の肩がビクリッと震えた。

 こんなに身体を震わせて、焦っている春人……今まで見たことがない。

 いつもにこにこと微笑んでいて、優しい口調をしていて、紳士的に振る舞っている春人が……こんなに取り乱しているなんて、ちょっと信じられないくらい。

 榊先輩はにやりと口を歪ませたまま、その口をゆっくりと開き――そして、さらに信じられない言葉を放った。


「君、記憶喪失なんだろ?」


 ……はい?
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