赤の鎖
(二)
ヒカルがレディーファーストのつもりか、部屋の扉を開け、その脇に立つ
相変わらず、胡散臭い笑みをたたえたまま
「ありがとう」
礼を言ったことに別段意味はない
ほぼ無意識だ
咄嗟に「ごめんなさい」と言うのと同じ
初めてこの部屋に来たときと同じように、室内を隅々まで見回す
殺風景な部屋。生活感を、全くと言っていい程感じない
逆に怖いくらいだ
30分ほど前
私はこの部屋から逃げ出した
息をきらして、必死になって
ヒカルに復讐すると、決めたのに
自分の愚かさに、笑ってしまいそうになった
口許が引き攣る
香水の臭いや、甘い菓子の臭いが混じったような
複雑な香が鼻腔に入る
正直、よい臭いとは言えない
しかし、死に際に香った、血肉の独特の臭い
あれよりは、ずっと受け入れやすい