カリス姫の夏
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「違うじゃなーい。
これはタマミさんじゃないわよ」
華子さんは自分の置かれている立場も忘れ、呆れたように総一郎さんを見た。
タマミさんの家のソファーにはタマミさんとは似ても似つかない細っこい猫が、場違い感に戸惑いながら手足を隠して座っている。
「だからね、タマミさんはこんな雑種じゃなくって、なんて種類か分かんないけど、血統書がついてるような、ペットショップ行ったら何十万もしそうな猫でさ。
身体も子犬くらいあって……
ほら、写真も飾ってるじゃないの。
よく見てよ」
「んなこと言ったって、実物みてないんだから分かんねーよ。
庭歩いてたから、そうかなって思うだろうがよ」
かわいそうに、心ならずも連れてこられた猫は、大声で怒鳴り合う人間に恐れをなしたのか、ぶるぶると震えている。
優しい藍人くんは、そっと猫を抱きあげた。脇をかかえられ、操り人形のように足をぶらんぶらんと揺らす猫。程なくその猫は、窓から逃がされた。
「ありがとうございます。
このご恩は一生忘れません」
と言ったかどうかは知らないが。
捜索隊の任務がまだ終了していないのは、確かなようだ。働きものの藍人くんは誰からも指示されていないというのに「僕、捜してきます」と勇んで、先に外に出た。
一方、なまけものの私はエアコンの利いた部屋でしばし休息を取ろうとソファーに腰を下ろす。エアコンは最強に設定されているらしく、痛いほどの冷風が肌を刺した。
「もう、諦めたらどうだよ。
飼い主帰ってきたら、謝ってさ。
飼い主が名前呼んだら、帰って来るだろうさ」
ソファーにだるそうに横たわる総一郎さんはめんどくさそうに言い捨てると、大あくびをしてそのまま目を閉じた。
「冗談じゃないわよ。
私の……派遣ナースのプライドが許さないのよ。
どんな仕事でも全力をつくして依頼された仕事はまっとうする。
それが、信条なんだから」
と、大威張りで力説する華子さん。
ドームでは、仕事放棄してましたけどね……と言いたい所だが。