カリス姫の夏
改め口の暗闇に向かって

「総一郎!
そっちから入れない?」

と、華子さんが尋ねると、総一郎さんは

「入れるわけねーだろうが」

と、怒った。


突っ込んでいた頭を戻した華子さんは、次の犠牲者を私に決めたらしい。


「子リス、ここさ、人通るように作ってるんだから、あんた入ってタマミさん捕まえてよ」


さあお前の出番だと、華子さんは当然のことのように言う。私は顔をしかめ、全力で抗議した。


「えーーー!!
嫌です。
この中暗くって、変な虫とかネズミとかいそうじゃないですか。
それに配線とかあるんだから、変に触って壊れちゃったらマズイんじゃないんですか」


「大丈夫だよ。
あんたが一番ちっちゃいんだから、行きなさいよ」


「華子さんだってさして違わないじゃないですか。
なら、華子さんが行ったら……」


「子リスの方が若いんだから。
あたしはヘルニア患(わずら)っててね、狭いとこ入るのは医者に止められてるのよ」


「そんなバカな!」


女性同士の水掛け論は、終わらない。制限時間は、刻一刻と迫っている。

いつの間にか洗濯室に戻っていた総一郎さんが、改め口に頭を突っ込んだ。


「タマミさん。
ほら、おいで。
タマミさん」


恋人に囁くように優しくタマミさんを呼ぶ、ダンディー総一郎。その上半身を穴にうずめ、片手をその先に差し出している。


「そんなんで来るんなら苦労しない……」


自分の行動は棚に上げ、華子さんは言いかけた。

けれども、総一郎さんの腕に収まった物体にさすがの華子さんも言葉を飲み込んだ。

たくましい男性の腕に抱きかかえられた巨大な毛玉。タマミお嬢様は総一郎さんの手の中で、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。


「すごい。
すごいですね、総一郎師長。
さすが、器が違うっていうか、人どころか猫の心も掴むっていうか。
なんだかんだ言っても、タマミさんも女性だったってことなのかな」


私の惜しみない賛辞に気を良くした総一郎さんは、鼻を高くした。

「まっ、そういうことかね」


自慢げな旧友の態度が癪にさわるのだろう。華子さんはお礼もせず、吐き捨てるように言った。


「何、ばか言ってるのよ。
なんなのよ、これ」


カードほどの大きさのジップロックが2本の指でつままれ、華子さんの目の前で揺れていた。中には茶色い粉が入っている。
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