カリス姫の夏
「何ですか?これ」
訊きながら、恐る恐るその袋を手に取った。匂いをかぐと、微かに木の香りが……
部下の功績は意地でも認めたくないのだろう。華子さんの、必死な上げ足取りは続く。
「またたびでしょ、これ。
一体、こんな物、どっから持ってきたのよ」
またたび?!
これが、あの有名なまたたび⁈
猫にまたたびって本当だったんだ。
「吉元華子さん。
看護の基本は、必要物品のチェックからだろ。
お前、飼い主さんが置いてった荷物、全部見たのかよ。
その中にあったぜ。
このまたたびも」
同級生のご指摘が面白くないのか、華子さんはフッと鼻を鳴らすと、タマミさんを奪いとった。
タマミさんが「ギャッ」と声を上げるほど乱暴に。
「ご苦労さん、総一郎。
もう、帰っていいよ」
だから、華子さんは謙虚さとか、感謝の気持ちとか……
どれだけ沢山の物をお母さんのお腹に忘れてきたのだろう。出産後の母体が心配になる。
口の荒い総一郎さんだが、なんだかんだ言っても今まで華子さんに付き合っているのだから、相当心が広いのだろう。ブツブツ言いながらも、大人しく家から消えていった。
そこからはもう、怒涛(どとう)の勢いだった。
時計を見ると、インシュリン予定時間まで残り5分。
さっき、開いていたインシュリン注射の動画を再び開いた。初体験の仕事にベテランナースも緊張を隠せない。入念に確認すると、おもむろにスティックを手にした。
その間、私はタマミさんに噛まれひっかかれしながら、逃げられないよう必死で抱きかかえていた。
スティックに針をセットし、カチカチとダイヤルを合わせる。華子さんは真剣な面持ちで、タマミさんのお腹に狙いをさだめた。
私だって必死だ。
噛まれようが引っ掻かれようが、痛みも感じない。
注射、無事終了。
手を離すと、タマミさんは私をにらみ「おぼえていらっしゃい」と捨て台詞を吐いくかわりに、にゃっと短く鳴いた。
はい、ご無礼の数々、大変申し訳ありませんでした、と私は土下座するしかない。
それでも、差し出されたご飯はムシャムシャとおいしそうに食べつくしたタマミさんは満足気だ。