カリス姫の夏
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朝の天気予報が、今日は的中するのだろうか。
夕方5時を目前に、太陽はネズミ色の厚い雲で覆われ、今にも泣き出しそうな空模様になっている。その為か気温は下がっているが、湿度は普段より更に高いようで、不快指数が増していた。
「藍人くん。
藍人くーん」
姿の見えない友人の探索は良心の痛みを伴い、焦燥感に駆られる。無我夢中で近所を駆け回ったが、長身男子高生の姿はどこにも見当たらない。住宅街に反響する声に恥ずかしさは感じず、ただ一生懸命名前を呼んだ。
「藍人くーーーん‼」
人っ子一人いない住宅街に、私の呼び声がこだました。
あまりの静けさに、藍人くんどころか私以外の生命がこの世界には存在しないのではないかなんて、外国の映画のワンシーンが思い浮かぶ。そのさみしさを打ち消すように、私は走りに走った。
「あーいーとーくーーん!!」
「あっ、莉栖花さーーん」
背中越しに聞こえた声に振り返ると、藍人くんが。捜し人は軽やかに駆け寄った。
藍人くんの姿を目視した私は、安心感と反省から頭を膝まで下げたまま彼を迎えた。
「ごめんね。
本当にごめん。
タマミさん、家にいたの。
ホントはね、もう1時間も前に見つかってて。
すぐ、連絡すればよかったんだけど、なんかわたわたしてて。
ホント、本当にごめんなさい」
さすがの藍人くんも怒っているだろうと、頭を下げたままギュっと目を閉じた。殴られはしないだろうが、罵倒されても仕方ない。それくらいでは済まないことも承知している。
けれでも、私の耳には想定外の言葉が入ってきた。
「あー、よかった。
タマミさん、みつかったんですね。
ほんと、よかった」
おずおずと頭を上げると、そこにはいつも通りの優しい笑顔が。
「藍人くん……」
そんな人の良さに苛立ちさえ覚え、戒めるように宣(ノタマ)った。
「怒っていいんだよ。
100パー、私が悪いんだし。
ふざけんなよとか、感情ぶつけていいんだよ」
けれども藍人くんは、自分のペースで「いえ、別に怒ってなんかないんで。見つかったんならいいんですよ」と笑顔を崩さない。
そのキラキラと輝く笑顔が、私の気持ちをさらに締め付ける。眩しさに見つめることもできず、足元を見ながら「ごめん」を繰り返した。