カリス姫の夏
「おかえ……」
たまたま玄関近くにいたお母さんは、濡れねずみとなった娘の姿に出迎えの言葉を飲み込んだ。
靴も脱がす玄関に立ち尽くす私を、しばし見つめる母。母は傘を使わなかった理由を問うことさえ、ためらった。
長年の育児の経験から、こんな時は何も訊かない方がいいと知っていたのだろう。
母は怒るでも笑うでもなく感情を表に出さず、そそくさとバスルームへ消えた。
そして私の前に戻ると、バスタオルを渡し「シャワー浴びなさい」とだけ言って立ち去った。
一方私も、もう3つ幼ければ素直に母の胸に顔を埋め、感情を垂れ流すこともできたのかもしれない。しかし、無駄に重ねた年齢がそれを許さない。
バスタオルを頭から掛け、滴り落ちる水滴を気にも留めず、すごすごと浴室に向かった。ずぶ濡れのせいか、少し肌寒い。雨に濡れた衣服は私の心と同じ位、重かった。
道すがら、靴下、Tシャツ、ジーパンと点々と床に脱ぎ捨てる。いつもなら当然怒られる行動を、いっそ思い切り怒ってほしくてわざとしてみた。
けれども、そんな私の胸中を知ってか知らずか、床に散乱した服達はいつの間にか洗濯かごに大人しく入っていた。浴室から出てきた私は、それに気づいた。
なぜだか、途方もなく淋しい。
たった今、なんの非もない人間を傷つけてきた娘を無条件で許し、愛してくれる親。その愛に応えられないし、たぶんこの先も応えることはないのだろう。
そんな自分のふがいなさに、気持ちは沈むばかりだった。