カリス姫の夏

その時、総一郎師長がナースステーションのドアから顔を出し声をかけた。


「おい、華子。
申し送りするぞ。
入ってこいよ」


首をくいっと倒し、中に入るよう指示する師長。軽く振り返り、その呼び声の主を華子さんは横目で見た。その目つきは悪い。


因縁の対決に、師長が直々に申し送りしてくれるらしい。なぜだか、今日の総一郎さんはいつになく涼しい顔をしている。今朝の星占いが1位だったのだろうか。


華子さんは「ここで待ってな」と言い残し、ナースステーションに消えて行った。廊下の壁に体をはわせ待つ。すると、程なく華子さんの絶叫が病棟中に響き渡った。


「ちょっと!
何よ、これ?!!」


歩いていた患者さんも、何事かとナースステーションの方を見たほどだ。私も心配になり、ナースステーションをのぞいた。


中では、厚さ3センチはあろうかという書類の束を両手で掴み、総一郎さんに食ってかかる華子さんがいた。


「何よ、これ。
情報資料と指示表って。
なんなのよ、この量。
なんなの?内容の細かさ。

血圧100以下の時は5分後に再測。
それでも100以下の時は病棟に連絡……って⁈

私の看護師としての判断はないの?
他の情報も併せて判断するとか、呼吸状態や意識レベルとか観察してどうするか決めるって猶予(ゆうよ)はないの?
じゃあさ、なんのために看護師がつくのよ。

ほら、このサーチュレイションだってさ……」


華子さんの手にある情報書類は不満をあおるように、ぱさぱさと揺れる。抗議は数分間ナースステーションに響き続けた。その間、総一郎師長は目を閉じ、ポーカーフェイスを崩さない。


ナースステーションで書き物をしていた若い看護師たちは、そそくさとナースステーションを出ていった。さわらぬ神になんとやら?なのかな。


そこには、旧知の仲の2人が残されていた。


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