カリス姫の夏
………ハァ……ハァ……ハァ………
青ざめる私の呼吸が、意識していないのに早くなる。数週間前に体感した息苦しさが私を襲った。
………ハァ……ハァ……ハァ………
いつだったのか、混乱する私はどうしても思い出せない。この手のしびれも目の前にかかる白いもやも比較的最近、経験している。しかも、対処方法も誰かに教わったはずだ。
冷静になれれば思い出せるはずの事がどうしても脳内の棚から取り出すことができない。私はただ、呼吸の回数を速めていった。
「子リス?」
はぁはぁと肩で息をする私に気づき、華子さんは心配そうに声をかけた。カバンを探っているのが、ぼんやりと見える。けれども、華子さんがカバンから紙袋のような物を取り出すと、藍人くんは手で制し首を振った。
そして彼は、私を支えるように肩を掴んだ。
私を支える温かい手に、思い出そうとしていた記憶が蘇る。
そうだ。
あの時も私を助けてくれたんだ。
藍人くんが。
藍人くんは、私の顔をのぞき込みながら低く穏やかな声で語りかけた。
「ゆっくり呼吸して……
息を吸って……
ゆぅっっくり吐いて………」
藍人くんの声が、私の耳を心地よく刺激する。
終業式のあの日。学校帰りの道で教えてくれた藍人くんの呪文。
「そう、もう一回。
吸って……
細ーく、ゆっくり息を吐いて……」
藍人くんの呪文が、私を呪いから解く。呼吸は少しずつ戻り、私は苦痛から解放されていった。
「大丈夫ですよ、莉栖花さん。
大丈夫だから。
なにがあっても、僕が……
僕が守りますから」
藍人くんは私に顔を近づけ、きっぱりとそう言った。私の肩を掴む手に力がこもり、彼の気持ちが伝わる。
「どんな事があっても、全力で僕が守るから‼」
彼の瞳には、私の顔が映っている。不安で、ただただ不安で。だからと言って対処法も分からず、うろたえる私の顔が。
いや、違う。
それは、私ではない。
瞳に映るその顔は、ネットトラブルにおびえるカリス姫だった。