カリス姫の夏
華子さんの文句を、長々と聞いている暇はない。私は途中でさえぎり、さっさと本題に入った。
「じゃあ、4時。
午後4時以降なら、空いてますよね。
私の友達が入院してて。
ほら、総一郎さんが働いてる病棟に。
でね、明日一緒に飛鳥ホール行きたいんだけど、お母さんが……
友達のお母さんが、看護師さんと一緒じゃなきゃだめだって言うんですよ。
1時間。
ねっ、1時間でいいから。
お願い、一緒について来て」
「まさかと思うけど、タダ働きさせようって思ってるんじゃないでしょうね。
この優秀なナースを1時間拘束して、まさか交通費もナシで働かせようと思ってるんじゃ……」
「お願いします。
ほら私達、友達……
あれ?
友達ではないか。
でもほら、顔見知り割引っていうか、初回無料サービスっていうか。
ねっ、今回だけ」
と甘えた声で言ってはみたが、華子さんの反応が悪いと電話越しにも伝わった。
仕方が無い。私には奥の手がある。
「華子さーん、私もね、こんなこと言いたくはないんですけど、この前ドームで……
いえ、ホント、こんなこと蒸し返して言いたくはないんですけどね、華子さんが仕事放棄してアイドルのグッズ買いに行ってたなんて、今さら派遣会社にチクろうなんてねー」
「ぐっ……」
電話の向こう口で奥歯を噛みしめ、ガラ携を握りしめる華子さんの姿が目に浮かぶ。
しばしの沈黙の後、華子さんは試合でノックダウンをくらったのに負けを認められず捨て台詞を吐くボクサーのように、早口で言った。
「分かったよ。
私は心が広いからね。
明日4時ね。
1時間だよ。
1分でも過ぎたらだめだからね」
かすかに残ったプライドを盾にする。その姿に私は圧勝を確信した。
「ありがとうござ……」
私のお礼を最後まで待たず、電話を切る華子さん。
私はスマホを握りしめ、ホッピングで飛び跳ねるように食堂へ舞い戻った。