カリス姫の夏

*****
私は、みゅーの病室の前に立ち、華子さんの到着を今か今かと待っていた。


「華子さーーん。
遅ーい。
早く、早くーー」


のんびりとやってくる華子さん。手を素早く前後に振って急かしたが、今日の担当ナースはヤル気0のようだ。


やっとで病室前に到着した華子さんの背中を押し、ベットの端に足を下ろして座るみゅーに紹介した。


「こちらが吉元華子さん。
派遣でナースやってるの。
ここで働いてたこともあるのよ
すんごい優秀なんだから」

と、華子さんのご機嫌を損なわないよう極力持ち上げる。


裾からレースをのぞかせたオフホワイトのワンピースに、サマーニットのカーディガンを羽織るみゅーは愛想よく「よろしくお願いします」と頭を下げた。


けれども、華子さんは挨拶もせず

「ふーん、この子が子リスの友達?」
と無愛想ににらむものだから、私は

「この人いつもこうだから」
とフォローしなければならなかった。


時間は4時を10分も過ぎている。
夕食の時間もあるから、5時30時分には絶対戻るよう、何度も念を押されていたので私は焦っていた。


そんな私を尻目に、華子さんは「じゃ、申し送り聞いてくるから」とのろのろとナースステーションに消えて行った。


「ごめんね。
悪い人じゃないんだけど」


私の申し訳なさそうな顔に、みゅーは何度も首を振り、

「ううん、ぜーんぜん。
お母さんが付き添わない外出って久しぶりだから、マジ嬉しい。
てか、外出も久々だしね。
ほーんと、楽しみ」

と言ってから、心配そうな影を落とした。


「でもさ、莉栖花、大丈夫?
あんなトラブルあった後だし、こんな人ごみとか行って……」


言葉はドライなみゅーだが、気持ちは優しい。せっかくの楽しい時間に、水を差したくはない。


「大丈夫だよ。もう、ツイッターもやってないし、こんなトラブル一時のことだって」


私の言葉に、みゅーは横目でチラリと廊下を見ると

「まあね、誰かが守ってくれるかもしれないしね」

と言い、それ以上の心配は口にしなかった。


談笑する女子高生の元へ戻った華子さん。表情は更に渋く、その口から出てくるのは愚痴ばかりだ。


「まったく、最近の若いナースは、忙しいからって『紙見たら分かりますよ』なんて言って。
申し送りは口頭でするのが基本だって習ってないのかね。
師長の教育が悪いんだよ……」


華子さんの愚痴は、私達にせかされタクシーに乗り込んでからも止まる事がなかった。
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