カリス姫の夏
「さっ、タイムリミットだ。
帰るよ」
無言でずっと遠巻きに見ていた華子さんが、祭りの終焉(しゅうえん)を告げた。
私に口を挟むすきも与えてくれない。華子さんは人ごみをかき分け、独りさっさと出口に向かって行く。
「待ってよ、華子さん」
華子さんに情け容赦はない。
渋々「さっ、帰ろうか」と、みゅーに声をかけたが……
おかしい。みゅーの様子がいつもと違う。
私の声に視線だけで返事したみゅーの顔から、たらりと一筋の汗が流れた。顔色を失い、表情はかすかにゆがんでいる。
「あれ?みゅー?
どうしたの?
暑い?
この中、クーラー、ガンガン利いてるのに」
みゅーは何かを隠そうと、必死で笑顔を作った。その力無い笑顔は、私をさらに不安にした。
みゅーはその笑顔のまま
「うっ、うん……
なんかさ……おっ………
おなか……す…いたな」
と、予想外の事を言った。
「えっ?
おなか?すいてたの?
あっ、そうだね。
帰ったら、病院も夕食の時間だもんね」
私に心配かけまいとしているのか、みゅーは必死で笑顔を保っているがその唇は小刻みに震えている。そして、同時に指先も震えていることが分かった。みゅーの異変は、鈍感な私にも伝わる。
私は無我夢中で、華子さんの背中に叫び声を浴びせた。
「華子さん!!
みゅーが……みゅーが変!!」
けれども、私の声が華子さんに届くよりも早く、立ちあがろうとしたみゅーは膝から崩れ落ちた。みゅーの座っていたパイプ椅子が、バンッと音をたてて床に転がる。
華子さんは振り返ったが、その時にはみゅーはパイプ椅子と共に床に倒れていた。
「みゅー!
みゅー!
どうしたの?
ねえ、みゅー、しっかりして!!」
膝を付いた私は、みゅーの肩に手を置き身体を揺すった。みゅーは玉のような汗を額に流すだけで、返事すらできない。ただ、小さく「うっ……う……うううぅぅぅ」とうめき声を上げるだけだ。