カリス姫の夏
「どけなっ!」


華子さんに突き飛ばされ、私は床にへたり込んだ。立ち上がることもできず、床に腕を立て、茫然と見守る私の脳内には、ドラマのワンシーンのような映像が音も無く流れた。


華子さんは手早くみゅーの頭の下にタオルを入れる。
血圧を測る。
手首を掴み時計を見る。
声を掛け、返事を待つ。


華子さんの動きが映し出されてはいるが、私はその状況を処理することができない。一体何が起こり、何が行われているのか、映像はただ無意味に流れるだけで、判断する部分が欠落したまま、私は見つめるしかなかった。


「莉栖花さん!」

誰かが、耳元で何かを言っている。

「莉栖花さん!!」

それは………私の…名前?

「莉栖花さん、しっかりして!!」


みゅーの映像をさえぎるように私の前にしゃがむ大きな影。


誰?
そこにいるのは……
私を呼んでいるのは……誰?


「莉栖花さん!!!」

バシッ叩かれた両腕がジンジンと痺れる。その痛みに、私はハッと我に返った。目の前に立っていたのは………
藍人くん?!
名前を呼んでいたのも。


「藍人くん。
なっ、なんで………」

『ここにいるの?』と言葉が続かない。私はまだ自分を取り戻しきってはいない。


藍人くんは私の両腕をつかみ、前後に揺らしながら強くはっきりとした口調で尋ねた。


「莉栖花さん、しっかりして。
この子、莉栖花さんの友達ですよね。
倒れる前、どんな様子だったんですか?
何か言ってましたか?」


「様子って……
えっと、えーと
別に……
ただ額に汗かいて……
そしたらみゅーが……お腹が……
そう、お腹すいたって言って……

ねえ、みゅーどうしたの?
何があったの?」


私は藍人くんの腕にすがりつき、問い詰めた。理不尽な行動だと知りながら、そうせずにいられない。


藍人くんは答えず、振り向きみゅーをじっと見つめた。彼の横顔には、答えを導き出そうとする強い意志が現れている。唇がかすかに動き何か言ったようだったが、聞き取れなかった。次の瞬間、藍人くんは何か思いついたようにキッと華子さんを見ると叫んだ。


「看護師さん!!
血糖値測定機、持ってませんか?」


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