カリス姫の夏
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救急車で先に到着していたみゅーは、すでに必要な処置を終えていたのだろう。
私と藍人くんがタクシーで到着した時には、緊急搬送の慌ただしさはかいま見れず、平常通りの空気に戻っていた。
ナースステーションでは日勤と夜勤の申し送りを終えたらしい。夜勤担当の看護師が蜘蛛の子を散らすよう各病室に散って行く。
その看護師に続き、とりあえずみゅーに会おうと病室に向かっていた私は、ナースステーションに入って行く華子さんに気づいた。
その顔はかつて見たことのないほど険しく、全身から怒りがわなわなと揺らめいている。その表情にだだならない物を感じ、私は足を止め、ナースステーションの中をのぞいた。
バァァーーーーーン!!!
華子さんが詰所のテーブルを叩く音が、病棟中に響き渡った。
椅子に座り書き物をしていた総一郎師長は、その音に驚き顔を上げた。テーブルをはさみ立つのは、派遣ナースの吉元華子。
華子さんは病棟からもらった紙を師長のテーブルに置き、肘を立てて彼に顔を近づけた。その声は怒りに満ち、どすがきいている。
「いったいどういうことなのよ、総一郎。
あの子、望月実悠さんが糖尿病でインシュリン使ってるなんてこと、この情報書類には何一つ書かれていないんですけど!!」
目の前に置かれた紙をまじまじと見つめた総一郎師長の顔は、みるみる赤くなった。
「いや、だが……口頭で……出発前に申し送りを……」
と、師長の言葉はたどたどしい。その態度が、非は自分にあると全面的に認めていた。
華子さんはその顔を更に師長に近付け、嫌味たっぷりに言葉を続けた。
「病棟のお仕事は大変お忙しいようですね。
情報は全て紙に印刷してるからってペロッと渡されてさ、口頭での申し送りは一切ございませんでしたよ。
ええ、ええ。
病棟勤務の大変さなんて、派遣のナースごときに理解できませんよ。
夜勤もしておりませんしね」
華子さんが師長ににじり寄ると、2人の距離は20センチもない。その距離こそ、病棟看護師と派遣のナースの立場の近さなのだと、華子さんは言いたいのかもしれない。
「でもね、たとえ1時間でもあたしはあの子の命預かってるのよ。
看護師としての責任があるの。
病棟の看護師さんと同じようにね。
きちんと情報いただけないと、こちらも困るんですけど」
華子さんはすーと胸いっぱいに空気を吸い、全身全霊で怒りをぶつけた。
「派遣のナース、甘く見るんじゃないわよーー!!」