カリス姫の夏
病室のドアの横に立つ藍人くんに目で『帰ろう』と伝えると、藍人くんもすぐに読みとり、無言で横を歩いた。
沈黙を守ったままの3人を包む空気は重い。言葉を口にすることさえ、億劫(おっくう)になる。病棟前のエレベーターを待ちながら、私は意を決して重い口を開いた。
「華子さん、ごめんなさい」
謝っても謝りつくせない気持ちをとりあえず言葉にすると、いつもなら100倍返しする華子さんが、ぶっきらぼうに「べつに子リスのせいじゃないし」と私を弁護した。
やっと来たエレベーターに乗ろうとすると、男性の声が呼びとめた。
「おい、華子。
今日は本当に悪かった。
責任を感じている」
振り返ると、立っていたのは総一郎師長。神妙な表情の同級生を見た華子さんの表情は、通常モードに戻っていた。
「別に謝っていただかなくても結構よ。
バカな部下を持つと苦労するだろうけど。
砂の中に巣を作ったネズミの子供は、どんなに不便でも砂に巣を作るって言うからね。
まっ、結局は上司のバカさを反映してるんだと思って諦めるのね」
総一郎師長は素直に
「おっしゃる通りです」
と頭を下げたが、伝えたい事があるらしい。
「いや、言い訳するつもりはない。
100%こちらのミスだ。
だがな、これだけは言っておかなきゃなんない」
総一郎さんの目がしっかりと華子さんを見据えた。
「今日の情報書だが、作ったナースは糖尿病のこともインシュリンのこともちゃんと書いたって言うんだ。
いや、嘘じゃない。
事前にチェックするため印刷したやつには確かに書かれているんだ。
だとしても、印刷後に見直してないとか、ちゃんと口頭で申し送りしてないとか……明らかにこっちが悪いんだから言い訳はしない。
だがな、調べてもらったんだが、外部からパソコンに入り込んだ形跡があるんだ。
知ってのとおり、うちの病院はお前が退職した少し後から電子カルテになってる。
カルテは個人情報の巣窟だからセキュリティーにも万全をつくしてたんだけどな。
この書類作ったパソコンは普通ので、セキュリティーも甘かったんだ。
だとしても、外部から侵入してこの情報だけ操作する理由も分からんし、確信もない。
ただ、もしかしたら意図的に何か目的があって情報を操作したやつがいるかもしれないってことだけは、言っておきたくて。
いや、なんにしても今日は悪かった。
謝る」
総一郎師長はそう言うと、深く頭を下げた。
ふんっと鼻を鳴らすだけで、華子さんは返事もしない。再びドアを開けたエレベーターに乗りこむと、3人を包む空気は更に重くよどんだ。
お互い、何かしっくりとこない気持ちを抱えている。3人共、それが何なのか薄々勘づいている。その上で、言葉にはできないもどかしさを持て余していた。
沈黙を守ったままの3人を包む空気は重い。言葉を口にすることさえ、億劫(おっくう)になる。病棟前のエレベーターを待ちながら、私は意を決して重い口を開いた。
「華子さん、ごめんなさい」
謝っても謝りつくせない気持ちをとりあえず言葉にすると、いつもなら100倍返しする華子さんが、ぶっきらぼうに「べつに子リスのせいじゃないし」と私を弁護した。
やっと来たエレベーターに乗ろうとすると、男性の声が呼びとめた。
「おい、華子。
今日は本当に悪かった。
責任を感じている」
振り返ると、立っていたのは総一郎師長。神妙な表情の同級生を見た華子さんの表情は、通常モードに戻っていた。
「別に謝っていただかなくても結構よ。
バカな部下を持つと苦労するだろうけど。
砂の中に巣を作ったネズミの子供は、どんなに不便でも砂に巣を作るって言うからね。
まっ、結局は上司のバカさを反映してるんだと思って諦めるのね」
総一郎師長は素直に
「おっしゃる通りです」
と頭を下げたが、伝えたい事があるらしい。
「いや、言い訳するつもりはない。
100%こちらのミスだ。
だがな、これだけは言っておかなきゃなんない」
総一郎さんの目がしっかりと華子さんを見据えた。
「今日の情報書だが、作ったナースは糖尿病のこともインシュリンのこともちゃんと書いたって言うんだ。
いや、嘘じゃない。
事前にチェックするため印刷したやつには確かに書かれているんだ。
だとしても、印刷後に見直してないとか、ちゃんと口頭で申し送りしてないとか……明らかにこっちが悪いんだから言い訳はしない。
だがな、調べてもらったんだが、外部からパソコンに入り込んだ形跡があるんだ。
知ってのとおり、うちの病院はお前が退職した少し後から電子カルテになってる。
カルテは個人情報の巣窟だからセキュリティーにも万全をつくしてたんだけどな。
この書類作ったパソコンは普通ので、セキュリティーも甘かったんだ。
だとしても、外部から侵入してこの情報だけ操作する理由も分からんし、確信もない。
ただ、もしかしたら意図的に何か目的があって情報を操作したやつがいるかもしれないってことだけは、言っておきたくて。
いや、なんにしても今日は悪かった。
謝る」
総一郎師長はそう言うと、深く頭を下げた。
ふんっと鼻を鳴らすだけで、華子さんは返事もしない。再びドアを開けたエレベーターに乗りこむと、3人を包む空気は更に重くよどんだ。
お互い、何かしっくりとこない気持ちを抱えている。3人共、それが何なのか薄々勘づいている。その上で、言葉にはできないもどかしさを持て余していた。