カリス姫の夏


「総一郎、おはよ」

長椅子から立ちあがり普段よりも声を張って、華子さんはその存在感を最大限にアピールした。


総一郎さんは、優しい笑顔を一瞬で曇らせ、爽やかな朝をぶち壊した華子さんを横目でにらんだ。けれども、そんな目つきなど慣れっこなのか、あるいはそれ位の方が元気も出るのか、華子さんはすっかり調子をとりもどし、言葉を続けた。


「あんたがたみたいに肉体的にも精神的にも麻縄で縛られた勤め人と違ってあたしは自由だからね。
こんな老人ホームの大浴場みたいな暑っくるしい東京離れて、私みたいな自由人は優雅に北海道で避暑でもしてこようかと思ってんのよ」


華子さんの強がりも、ここまでくると痛快だ。さっきまでの弱気な華子さんよりよっぽど気持ちいい。


ところが、旧友はそんな強がりとっくにお見通しで、冷静に気持ちを言い当てた。


「結局、失業したってことだろうが。
どうだよ、保障や安定と引き換えに手に入れた自由ってやつは。

仕事が無くなったらすぐさま給料が手に入らなくなるっていうリスクを覚悟して派遣続けてたんだろうが、いざ明日から仕事が無いって分かったら不安なんじゃねーのか」


「平気よ、貯金だってあるしね。
なんだかんだ言ったって、あんたは私がうらやましいんじゃないの?
あんたこそさ、こんな定時で、きっちり決められた仕事するのは性に合わないんでしょうが。
よく、病院勤めなんて何年もできるようになったもんだよね。

あたしと一緒にここで働いてるころなんてさ、急に欠勤するなんてしょっちゅうで……
なんかってえと『将司が病気だから』なんて甘えたこと言ってさ。
その度に休みの私が呼び出されたんだよ。
全く、いい迷惑だったわよ」


「仕方ないだろ、将司は身体が弱くって、俺がついてなきゃなんなかったんだ。
将司は俺の宝物だったんだ。
それなのに……
お前が……」


総一郎さんが怒りがどれほどのものか、その表情で私にも分かった。


話がディープな方向に進行している。私は聞いてていいものか躊躇(ちゅうちょ)したが、やはり好奇心には逆らえない。藍人くんと並び、2人の会話に聞き耳を立てた。


「まったくしつこいわね。男のくせに。
もう5年以上昔の話じゃない。
何度も言うけど、逆恨みだからね。
あれは将司の運命だったんだよ」

と、華子さんは驚くほどしらっと言ってのけた。
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