カリス姫の夏
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夕方4時にさしかかった八月末の北海道は、前回来た時とは違い心なしか肌寒い。


この病院に向かう道のりでタクシーの運転手さんが
「北海道はね、9月になると冬の準備をするんですよ」
と笑ったが、案外冗談ではないのかもしれないと頭をよぎった。


1ヵ月ぶりに訪れた山間にある病院は精神科の専門病院としては大きく、敷地の広さはショッピングモールか工場のレベルなのではないかとさえ思える。


私達3人が案内された食堂も教室が軽く4個は入るほど広く、長テーブルがいくつも列をなして行儀よく並んでいた。

そのガランとした食堂の隅っこに私と藍人くんは恐縮し小さくなって座っていた。一方、華子さんは勝手に備え付けのウォーターサーバーから麦茶をグラスに入れ、ゴクゴクと飲んだ。


「あー、疲れた。
やっぱりさ、飛行機にすればよかった」

麦茶を一気に飲み終えると、華子さんは私のせいだと言わんばかりににらんだ。


「だって、お金ないんですよ。
JRでここまで来ただけで、夏休みのバイト代飛んだんですから。
華子さん、社会人なんだから少しは援助してくださいよ」

と泣きついたが華子さんは

「冗談じゃないよ。
私は今、失業者だよ。
明日をも知れない身なんだからね」

と、取りつく島もない。


華子さんになんの期待もないが、目の前のもう一人の被害者にはさすがに良心が痛み、そっと尋ねた。


「私は仕方ないとして、藍人くんはいいの?
北海道まで付き合わせちゃって」


「いいんです。
僕、普段あんまりお金使わないからお小遣い溜まってたし。
僕が勝手について来たんだから、気にしないでください」

と、殊勝な事を言う藍人くん。


黒い心の私は「まっ、確かにそうなんだけどね」なんて呟いてしまった。


藍人くんの言葉に華子さんの目がキラリと光る。こんな時、華子さんはロクな事を考えていない。


「へー、カイワレ。
そんなにお金持ってるの?
じゃあ今日の夕食……」

続く言葉を察知し、人のいい藍人くんが『いいですよ』と言う前に華子さんに質問をかぶせた。


「カイワレって藍人くんのことですか?
なんで藍人くんはカイワレなんですか?」


「えー、なぁんかさー
ヒョロヒョロしてて、カイワレ大根みたいじゃない」


華子さんの命名がよっぽど気に入らないのか、藍人くんは唇を尖られて

「カイワレって植物ですよ。ひどくないですか」

とブツブツ文句を言ったが、私は笑いをかみ殺すので必死だった。


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