カリス姫の夏
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中国でもインドでもいいから海外留学していることにしてもらえばよかった……
と、私は教室で先生の話を聞きながら本気で後悔した。
流れる汗をタオルハンカチで拭きながら、担任の先生は義務的に夏休みの注意事項を読み上げた。
はい、はい。
小学校1年生の時から毎年聞いているので、空で言えます。
「はーい。
じゃあ、事故とかあったら、学校かこの先生のメールに連絡ください」
担任は黒板にメルアドを殴り書きしたが、誰一人書き写す者はいない。生徒達は渡されたプリントをくしゃくしゃにして、カバンに押し込んだ。
担任が教室を出る姿を見届け、私はいつも通り見ていないフリをしながら敏感に周囲の空気を読んだ。教室、窓際後方の角に1人、2人と女子高生が集まる。その集会が定員の半分以上になったのを見計らい、私もさりげなくその輪に入る。
早すぎても遅すぎてもだめ。
流れに乗って自然に。
あくまで自然に。
窓際に立つと、拭き込む風と一緒に中庭に立つ樹木の香りが3階の教室まで漂った。私の本性は共感できない女子高生の会話に参加するより、窓から顔を出しこの風を肌で感じたいと願っているが、仮面をかぶる私はそれを許さない。
女子高生の輪が私を入れて9人になったところで、話は本題に入った。
「えーーーー?
すっごーい。
チケット2枚もとれたの?」
「ずるーい。
そういう人がいるから私1枚も取れなかったんだよー」
「私だって、ありとあらゆる手使ったんだから。
お母さん、お父さん、お兄ちゃん、おばあちゃんの名前まで借りて」
「一体、何人ファンクラブ入ってるのよ。
おばあちゃんはまだしも、お父さんは無理あるよ、マジで」
ハハハハ……と教室に流れる笑い声に私も同調する。
あくまでボリュームは低く。
察するに、明日ドームで行われる男性アイドルユニットのコンサートの話題らしい。男性アイドルには全く興味のない私にはちんぷんかんぷん。まかり間違って話題を振られたら大変なので、息を殺し、得意の存在感消しの術。
私の身体が半透明になったころ、必死の思いで脳裏から消していた顔が教室の後ろドアからちょこんと現れ、私の心臓は一瞬停止した。
「莉栖花さん!!」
キョロキョロと教室の中を見回していた藍人くんは、私を見つけると全身から喜びがあふれるような笑みを私に送った。私の術は未完成だったらしい。
藍人くんの声に、今まで私の存在を気にも留めなかった女子高生達が一斉にこちらを見た。