カリス姫の夏
私は冷たい視線から逃げるように、廊下に出た。
笑顔の藍人くんは「よかった」を何度か繰り返すと、ハッと我に返り
「メール来ないから、莉栖花さん病気にでもなったんじゃないかって心配してたんです」
と教室に押し掛けた理由を言い訳した。
額に光る汗さえもまばゆい藍人くんに、私はうつむき謝るしかない。
「ごめんね。
連絡しようと思ってたんだけど……
なんか、色々することあって……」
北海道からもどった夜、藍人くんから個人情報を手渡された私は、すぐにでもメールしようと思っていた。けれども、アドレスに情報を打ち込もうと操作していたら、考えすぎの虫がわらわらと顔を出し始めた。
『藍人くんってちょっと怪しくない?
いつからあそこで待ってたの?』
『わたしの家、なんで知ってたの?
藍人くんの家の住所も書いてたけど、全く逆方向だよ』
『だいたい、わたしのことどこで知ったの?』
ぐるぐると堂々巡りの疑問が頭の中に渦巻き、味わったことのないときめきやもどかしさが入り混じる。ピアノ線でじわじわと締め上げられるような苦痛に、思わずスマホを投げつけて壊したくなる。
そんな私が選んだ解決策。
『カリス姫の動画を作成しよう!!』
こうして、私は5日間部屋に引きこもり、2分12秒の動画を作り終えていた。
さすがの藍人くんも呆れるか怒るかしているのでは?
と、顔を上げ見ると、藍人くんは意外にもほっと安心した顔をしていた。
「あー、まだくれてなかったんですね。
よかった。
僕、もしかしたら間違って書いたんじゃないかなって心配だったんです。
それとも、僕のスマホ壊れたのかなって。
送ってなかったんならいいんです。
いや、よかったー。
本当によかった」
藍人くんの無邪気な笑顔を、邪気だらけの私はまともに見れない。再びうつむくと、無言の時間が流れた。
2人の間に流れる空気は、決して穏やかではない。気まずいという日本語がしっくりくる。
クラスメイトの声が、この気まずい空気に入り込んできた。
「じゃあねー、莉栖花」
「またねー」
コンサートの話でひとしきり盛り上がった女子高生達が私に手を振り、キャッキャッとはしゃぎながら玄関に向かった。
すごい、私に挨拶した。名前も呼んで。これって藍人効果?でも、このツーショット、なんだと思われたんだろう。
遠ざかる女子達をその姿が見えなくなるまで見送ると、廊下には不つり合いな男女が残された。私は、男性とのツーショットに慣れていない自分を持て余す。
その上、徹夜でやつれた顔になっていたことを急に思い出し、今さらながら恥ずかしくなった。