カリス姫の夏
いたたまれず、顔を隠したまま「じゃ、また」と愛想の無い挨拶をした。カバンを手に、玄関へ急ぐ。廊下では別れを惜しむ学生達が立ち話をしている。その間を縫うようにすり抜け、生徒用玄関に急いだ。
「あっ、待って」
階段の踊り場まで降りたところで、藍人くんは追いつき私の前に立ちはだかった。
「えーと、あのー、えーとー」
意味のない言葉を10回ほど繰り返す藍人くん。
狭い踊り場でのお見合いは廊下のそれより更に恥ずかしい。恥ずかしさの限界を目前に、藍人くんはやっと本題に入った。
「今度の土曜日、学校の裏の、ほら、あそこの神社。
えっと‥‥もし、時間あったら‥
もし迷惑じゃなかったら‥‥
神社のお祭りに‥‥行ってもらえませんか?一緒に‥
いや、今返事しなくっていいんで。
メールで、いや、電話でも……
もし……もし行けるなら返事ください」
言い終えると藍人くんはフウーと肺にたまった空気を全部吐き出し、満足した顔を見せた。私の気持ちを更に混乱させて。
夏祭り?
一緒に行く?
それってどういう意味⁈
ごちゃごちゃと巡る疑問が、脳内を占領する。
これってもしかしてデートの誘……
「あー‼
桜庭くーん。
こんな所いたのぉぉ」
数十秒間、格闘しやっと絞り出した解答を甘ったるい声が最後まで言わせなかった。
その声の出所を探り、藍人くんの後ろを見た。瞬きもせず食い入るように見つめる女子が階段下に立っている。
ヘアアイロンで作られたみごとなまでの縦巻きロールの巻き毛。
どれほどの電力とヘアスプレーを消費したのだろう。
プリントしたようにきっちり左右対称に整えられた眉と完璧なメイク。
朝の忙しい時間にごくろうさま。
制服のスカートは校則ぎりぎりアウトの長さをキープ。
位置が逆なら中見えてますよ、と教えてあげたい。
そんな、後ろにくっつけた嫌味を全部打ち消すほどの可愛い女子だ。彼女ならリアルでもお姫様を名乗れるかもしれない。
当然のごとく、自分の与えられた長所を承知しているのだろう。私なら絶対できない行動を彼女は簡単にやってのけた。
「桜庭くーん。
捜してたんだよー」
鼻にかかった声が、癇(かん)に障(さわ)る。彼女は上履きをパタパタと鳴らしながら、階段を駆け上がった。