ひだまりに恋して。
放課後。

私は、震える足で五階に向かう。

こんなこと、初めてだ。

私は今まで、恋愛なんて無関係でのほほんと生きてきたから。

まさか自分が、こんなことに巻き込まれるなんて思っていなかった。



「来たのね。いい度胸じゃない。」



階段の上から、先輩の声が降ってくる。

私は、身を竦ませる。



「あなたが誓うまで、私たちは殴り続けるから。村本先輩と別れるって、あなたが言うまでね。」



そう言われて。

私はあっという間に、複数の先輩たちに囲まれる。

全員、瑞紀という先輩のグループなのか。

それとも、村本先輩のことが好きなのかは、分からないけれど。



「始めて。」



瑞紀が号令をかけると、皆一斉に私に近付いてくる。

村本先輩と付き合ってない、って。

その一言で済むことだ。

だけど、それだと私にキスをした村本先輩が、悪者になってしまう。

本当の悪者は私なのに……。


そんなことを考えているうちに、私は先輩たちに暴行をされ始めた。



「早く言えよ。別れるって、言えよ!」



お腹を蹴られて、うっ、と声が出る。

倒れ込んだ私の顔を、容赦なく殴る先輩たち。



「まだ何も言わないの?」



瑞紀という先輩に覗きこまれて、私はようやく決心がついた。



「私っ、実は、」


「やめろっ!!!!!!!」



その時、いつの間にか階段を駆け上がってきていた人が、肩で息をしながら先輩たちを睨みつけていた。



「村本くん……。」



先輩たちが、蒼白な顔で村本先輩を見つめる。



「お前ら、何やってんだよ!!!何で、朝倉にこんなことするんだよっ!!!」



何も答えられない先輩たちは、代わりに私を思い切り睨んだ。



「誰にも言うなって言っただろ!!!!!」


「朝倉は言ってねえよ。」


「村本くん……。」


「朝倉は誰にも言ってねえ。それはほんとだ。」


「じゃあ、なんで……。」


「朝倉が脅されてんの、誰も知らないと思うか?お前ら、やるならもっとこそこそやれよ!」



村本先輩が、先輩たちを怒鳴りつけている。

私のために?

きっとそうだ。

だけど―――



「ごめんなさい!!!」


「え?」


「朝倉?」



私は、村本先輩に思い切り頭を下げた。



「私、やっぱり、」


「朝倉、その話は後で、」


「遮らないで聴いてくれませんか?先輩。」


「朝倉……。」


「私が悪かったんです。お試しで付き合おうって言われた時、頷いたりするから。……私、付き合ってみたところで、先輩のことを好きになることはないって分かってたのに。私は、好きな人がいるから……。だから、……ごめんなさい。」



もう一度頭を下げると、村本先輩は大きくため息をついた。



「そっか。……こちらこそごめん。……朝倉が乗り気じゃないの、最初から分かってた。だからこそ、強引になってた。ごめんなさい。」



頭を下げ合う私たちを見て、女の先輩たちは呆然としていた。

それはそうだろう。

いわば、無罪の私を殴って、その場面を好きな張本人に見られてしまったのだから。


先輩たちは、私と村本先輩を残して、すごすごと階段を降りて行った。

瑞紀、という先輩は、泣いているように見えた。



「ごめんな、ほんとに。……迷惑かけて。」



傷だらけのわたしを、悲しい目で見る先輩。



「いえ、悪いのは私ですから。……でも、どうして来てくれたんですか?」


「……横内先生に聞いた。」


「……え?」


「かっこ悪いよな、俺。朝倉の彼氏気取ってたくせに、何も知らなくて。……急に先生が来て、彼氏なら行ってやれって。そう言ったんだ。」



はっと息を呑んだ。

先生と約束したんだ。

今日の放課後、部室に行くって―――


先生は、勘付いていたんじゃないだろうか。

それで、案の定部室に来ない私を、探してくれた。

そして、自分が行くんじゃなくて、わざわざ村本先輩を呼んでくれたんだ……。



「ごめんなさい、もう、行かなきゃ。」


「でも、朝倉、その顔じゃ、」


「大丈夫です。さようなら。」



慌てる先輩を置き去りにして、私は階段を駆け下りた。

殴られたり、蹴られたところがじんじんと痛い。

だけど、私は今すぐ会いたかった。


大好きな、先生に。
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