ひだまりに恋して。
当たり前のことに今さら気付いた。

でも、何かが心に引っかかっている。

何だろう。



「横内先生ってかっこいいよねー!あの低い声とか、色っぽい仕草とか!」



私の知らないところで、花ちゃんはよく先生を観察していたらしい。

昨日初めて横内先生の名前と顔が一致した、私とは大違いだ。

わたし、やっぱりぼけっとしてるのかな―――



「で?」


「え、で?って?」


「報告だよっ!横内先生と話したんでしょ?何かないの?」


「んー、別に何も。あっ、」


「なに?何があったの?」




―――睫毛、ついてた。


先生が私の頬に指先を伸ばした瞬間。

言い様のないドキドキが私を襲ったんだ。

絶対ありえないけど……。

キス、されるかと思った。




「ちょっと萌!一人でトリップしないでよー!その感動を共有しようよ、ね?」


「な、何もないって。」



はあ。

思い出したら再び熱くなってしまった頬を、私は両手で包む。

何、この気持ち。



「いいなー。あのスーツの腕に包まれたいなー。守ってもらいたいなー!」



花ちゃん素直―――

横内先生の腕に包まれるところを、何となく想像してみる。

あれ、うまくいかないや。


先生に守られるなんて、なんか、違う。


そうじゃなくて。



あの、夕陽に照らされた寂しげな横顔。

そこに落ちる影が、哀しげな影が、私の胸をきゅっと捉えて離さなかったんだ。



先生に守られるよりも、私が―――


先生を、その悲しみから救ってあげたいと、そんな気持ちになって。




あれ、何考えてるんだろう、私。




「萌、横内先生のこと好きになった?」


「え?」


「絶対そうだ。」


「ち、違うよ。だって、おじさんじゃん。」


「そんなことないよ。まだ大学卒業したばっかりだもん。せいぜい6歳くらいしか違わないよ!」




ううん、きっとその6年が、すごく大きいんだ。

その間に先生には、いろんなことがあって、あんなふうに大人にならざるを得なかったんだと思う。

それが、先生の魅力となっていることは、本人にとってどうでもいいことなんだ。


そして、私たちはどうしたって、先生に追いつくことなんてできない。




「応援するよ、萌!」


「何が?」


「だからー、萌と先生のこと!」


「か、仮に私が、横内先生のこと、素敵だと思ってるとしてだよ?」


「うん。」


「だけど花ちゃんだって、そうなんでしょ?」



他にもたくさん、先生を想っている人はいるわけだし。



「私は、なんていうかアイドルみたいに好きなだけ。別に先生と付き合いたいとか思ってないよ?だってそんなの、つらすぎるもん。私はクラスの男子とかと、気楽な恋してる方が好きだし!」


「そういうものなんだー。」


「萌は純粋だから、きっと好きになったら本気しかないんだろなって思う。だから、応援する、って言ったの。」


「本気、」



人を好きになったことはある。

だけど、そこまで真っ直ぐに、本気で好きになったことはない。

いつも、淡い感情を持つだけで、いつの間にか消えていたりする。

それってまだ、恋を知らない、ってことなのだろうか。



「がんば!萌。」



お弁当箱をハンカチで包みながら、花ちゃんが嬉しそうに言った。
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