思色(おもいいろ)
彼が来なくなって、しばらくたった
ある日のことだった。
私がまた、いつものように
私を見つめながら退屈していると
コンコン、と遠慮がちに病室のドアがノックされて
重たい横引きの扉が、音も無く開いた。
誰だろう。
見覚えのない人だけど
うちの制服を着てる。
背が高くて、細身で
髪の毛は、すこし茶色がかって、さらっとしてる。
親友の恵美とかが好きなタイプだ。
誰かに似てるような気もするけど
気のせいか。
「若葉…」
確かに、その人は
そう私の名前を呼んだ。
そして、私の方を向いて
…え?
向いて?
他の誰にも見えなかったのに、
この人、私と目が合ってる…??
しばらく私を見つめた後
「会いたかった」とその人は言った。
私の瞳を、まっすぐ見て。
その人の名前は、新城 杜矢くんといって
私の通っていた高校の2年生ということだった。
そして、驚くべきことに
私の彼
山崎 悠のいとこなんだそうだ。
「悠とは、小さい頃からよく遊んでて、兄弟みたいに育ったんだ。どっちも1人っこだったからね」
「そう、なんだ…」
彼は、この杜矢くんのことを、私に話したことがなかった。
そんなに仲が良かったのに、
すぐ近くにいたのに。
何故、教えてくれなかったんだろう。
私の考えていることを察知したのか、杜矢くんはちょっと言いづらそうに
「うちの親達が、ちょっと複雑でね」
と言った後、新城家と山崎家の確執について話してくれた。
2人のお母さんは、とても仲のいいしまいだったんだけど
お父さん同士がまずかったらしい。
悠のお父さんが働いている会社で扱っていた製品に大規模なリコールが起こり
その製品を作る下請けをしていた業者との取り引きを切った。
この業者は、取引の打ち切りで経営が立ち行かなくなり
倒産してしまった。
この会社に、杜矢くんのお父さんがいたらしい。
「直接その問題に親父が絡んでたわけじゃないんだけどさ。倒産のきっかけが取引の打ち切りから始まってるから、根に持ってるみたいで、それから悠の家との交流を、辞めさせられたんだ」
そんなことがあったんだ…
「でも、最近親父が自分で企業を起こしてさ。それがうまく行くようになってからは、あの時は大人気なかったって、うちの母さんや俺まで巻き込んで悪かったって言って、悠の家にまた出入りしていいことになったんだ。」
杜矢くんが、嬉しそうに言った。
「そっか、良かったね」
「うん。で、2ヶ月くらい前に悠に会って、君のことを聞いたんだ。彼女が事故の後、今も目覚めないまま病室にいるって。」
「そう…」
「悠は、まだ君のことを、受け入れ切れてないのかもしれない。まだ君のことを、好きだって言ってたよ」
悠から、直接聞きたかった言葉を
今、初めて出会った、私のことが見える男の子から聞かされる。
嬉しい言葉だったはずなのに、複雑な気持ちだった。
会いたい。
そう思ったとき、私の頬にはいく粒もの涙が伝っていた。
「でも、会いには来られないって。
会いにくると、辛いって。もう戻らないんじゃないかって現実を直視するのが、悠は怖いんだ、きっと」
涙が止まらなかった。
悠に辛い思いをさせてる。
私がこうして、生きていることで。
好きだけど、その思いが叶わない、苦しい思いがずっと続いて行くんだ。
どうしたらいい?
あとどれくらい、ベッドの上で私は過ごすの?
いつになったら、悠を解放してあげられる?
忘れてもらえる?
「今、死にたいって思ったでしょう」
杜矢くんが、優しい声で問いかける。
わたしは、小さく頷いた。
私がこの世からいなくなったら
悠を解放してあげられる。
お母さんや、お父さんが
大変な思いをしなくて済む。
「方法が、あるの…?」