あなたから、kiss
「不眠最長記録でも狙ってんのか?」
カクン、と…アタマが落ちた瞬間。
頭上から降って来た皮肉の言葉に…、カッと目を見開いて。
私は…編集長を睨み着けた。
「ええ、まだまだ更新中ですから。」
起動したパソコンの画面が既に真っ黒になっているのを、クリックしながら…
ブンブンと首を振って、平静を保つ。
「花さん、ラフ引き終わりました?デザイン打ち合わせ15時から入りますけど…。」
「ハイハイ、ただいま。間もなく上がるー。」
「飛び込みのフリーライターの企画、進めていいんスか?返事、確か今日にしてましたよね。」
「第二特集で掲載することになった。17時に編集部に来てって連絡入れて。」
「花さん、先程席外している間にSプロダクションから電話来ました。カメラマンの予算の計上…」
「………。電話繋げて。」
睡眠どころか、息つく間もないくらいに―…
目まぐるしい、月末。
ここでは、それが当たり前で……
「あら?タカちゃん、昨日と同じ服…。」
「あ、分かります?新垣先生がネームを書き直すっていうから…上がるまで徹夜で張り込んでましたから。」
「うわー…、御苦労様。」
女子社員の大半は、目の下に…クマをこしらえてもなお、働き続けている。
大手出版会社の…編集部。
下手したら、ここが私の生息地になりつつある…職場だ。
「編集プロダクションに丸投げすりゃあいいのに、無駄に走り回って…。案件溜め込んだ挙げ句におじゃんになったらシャレんなんねーぞ?」
ぐうたら編集長の小言は、もう耳にタコができるくらいに…何百回と聞いている。
「Go出したのは誰ですか。」
「俺はなあ、女性が髪を振り乱して必死になってる姿が好きなんだよ。…そそられる。」
「…………。そそられますか?」
自分を指差す…自殺行為は。
「若い子限定。高山だったらそそられんなー。」
案の定スパッと切られてしまう。
かれこれ、10年。
憧れて飛び込んだこの世界で…
私は、第一線で働いていた。
花 元香(ハナ モトカ)、31歳 ――…。
女盛りなど無縁の働きマン。
今日も……、走り続ける。