歪んだ愛しさ故に
彼の名前を呼ぼうかと思ったけど、すぐ隣にいる数人の人たちを見て口をつぐんだ。
「豊田さんだぁ……。お疲れ様ですー」
「……お疲れ様です」
花が飛んできそうな黄色い声で、挨拶を交わす女の子。
いつも上沢さんのことをカッコいいと騒ぎ立てる同期たちだ。
「豊田さん、この時間まで仕事してたの?」
「……はい」
上沢さんたちは?
なんて聞くまでもない。
あきらかに、みんなで飲んでいた、と言った感じだ。
そして終電を逃したバカな人たち。
そんな話をしている間に、前に並んでいたサラリーマンたちはすでにタクシーに乗り込んでいて、次はあたしの番だ。
早くみんなの前から去りたい。
疲れてるってのに、まだ作った自分でいるのは正直だるい。
あたしの願いは叶って、すぐに空車と書いたタクシーが停まった。
必然的に、並んでいたあたしはそのタクシーへと乗り込もうとする。
「それでは、お先失礼し……」
「待って。俺も乗っていくから」
平穏に去って行こうとしているのに
それを崩すように上沢さんがタクシーの扉に手をかけた。