歪んだ愛しさ故に
1章 偽りの姿
 
「お疲れー!」


目の前で、たくさんのジョッキが重なり、カツンという音が響き渡った。

あたしの手にしたウーロン茶も、その中に混ざり、控えめな音を奏でる。


乾杯の音頭が終わったあとは、すぐに周りの人との和気藹々とした会話が弾む中、
あたしは一人淡々と目の前のお造りに手をつけていた。



豊田 琴音(トヨダ コトネ)、24歳。
新卒でこの広告代理店に入社し、3年目。
人との深い関わりを避け、こういった大人数での飲み会が苦手である。

だけど今日は、部署の目標契約人数を達したということもあり、
盛大にみんなで達成会という名の飲み会をしていた。



「豊田さん、ウーロン茶じゃん!
 お酒飲めないの?」

「あ、はい……。
 すみません……」


隣にいた、2つ上の先輩の玲子さんが声をかけてきたけど、軽くそんな言葉で返す。


お酒が飲めないなんて嘘。

こう見えて、実は結構酒豪。
家の冷蔵庫には、缶ビールが1ダース近く入っている。


「まー、雰囲気に酔っちゃえばいいからー」
「……はい」


あたしの背中を軽くポンと叩いて笑顔を向けてくれる玲子さんは、本当に優しいと思う。
 
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