だから私は雨の日が好き。【花の章】
他愛もない話をしながら二人で酒を飲んでいく。
つまみになるような料理を頼んで、今までで一番楽しかった仕事の話をする。
逆に、どうしようもないクライアントや、上手くいったが集客効果の低かったイベントの話も。
俺と櫻井さんの三年間に刻まれた仕事の数は、話し出せばキリがないほどあった。
ビールを煽る櫻井さんと焼酎を飲み続ける俺。
男二人の金曜日の夜は、仕事の楽しさを実感させてくれる時間だった。
「あの、櫻井さん」
「なんだ?」
「こんな調子で、帰ってから本当に打ち合わせしますか?」
「しないだろうな」
簡単に言ってのけるこの人に、俺は何も反応出来なかった。
『細かい部分までしっかり対応しよう』と言ったのはこの人だというのに。
「もうチェックリストにしてあるから、それを森川に渡すだけだ」
「え?」
「頑張ってくれたからな。それくらいはしてあるよ」
俺は、言葉を返すことが出来なかった。
先方から来たイベント資料は、開催要項と進行表の二種類があった。
それも関東圏で開催した五店舗分。
殆ど内容が変わらないとはいえ、売り場スペースでの注意項目からクライアントの意向まで細かなチェック項目があると言っていた。
それをリストにするのは、容易ではない。
こういうところで実感する。
俺はまだまだ、この人に追いつくことが出来ない、と。