だから私は雨の日が好き。【花の章】
ベッドに腰掛けて私の頭を撫でる森川君。
その手が私をあやしているようで、少し苛立ちを感じた。
頭の上にある温かい手に安らぎも苛立ちも感じるなんて。
もう少し撫でて欲しいと思う気持ちと、今すぐに離して欲しいという気持ちの両方が渦巻く。
どちらの感情も自分には持て余すものだと理解して、シーツを体に巻いてベッドを降りた。
ソファーには、私の煙草と森川君の煙草が並んでいる。
自分の煙草に手をかけて火を付ける。
吐き出す煙はさっきまでの森川君の香りを上書きする行為のようで。
どういう訳か、自分の煙草の香りが充満すると気持ちが落ち着いた。
「・・・したいと想わない、というのも違うわね」
「どう違うんです?」
「どちらかというと『話せない』が正しいわ」
吐き出す息は白く、煙草の香りを纏っている。
私の吐き出す紫煙の奥には彼がいる。
今は、向けられる瞳の感情を知りたくないと想い、煙で見えなくしたかった。
「想い出したくないのよ」
「そんなに嫌な想い出なんですか?」
「違うわよ、失礼ね。幸せなものよ。嫌なことも、もちろんあったけど」
「そうですか」
「『想い出す存在』になってしまったのだと、認めたくないのよ」
「想い出す存在・・・」
「そう。想い出すということは『過去になる』ということよ。もう手の届かない存在であると、理解はしているけれど認められないのよ」