だから私は雨の日が好き。【花の章】
あの冬の日から大分時間が過ぎた。
今はもう秋が深くなって、これから冬に向かって寒さが増していく。
それなのに、私の気持ちは結局一つも動けていないのだと思い知らされた。
理解はしている。
あの人はもう私のものではない、と。
いや、一度だって『私のもの』だったことはないけれど。
もう触れることも、名前を呼ぶことも許される存在ではないことを。
それでも時折。
あの日々にフラッシュバックするかのように、あの人の温度を想い出す。
それは色褪せた想い出なんてものではなく。
今目の前にあるかのように鮮明なのだ。
手を伸ばして、縋り付いて。
涙が出るほどいとしいその人を抱き締める。
でも、それは夢だ。
悲しくて、それでも幸せすぎる夢だ。
目を開いた先にいるのは、体温の高い大きな男の子。
大きな黒目で私を見透かすように見つめる、六歳も年下の男の子。
優しくしないで、と。
何度言ったのか分からないくらい伝えているのに、彼は優しい。
私が目を開く度に私と目を合わせ。
頬や頭を撫で、強く抱き締めてキスをくれる。
瞳の中に感情が溢れる人なのに、その時だけは読み取ることが出来ない。
だって。
その目に見つめられてキスをする度に、何故かいつも泣いてしまうのだから。
「そんなに櫻井さんが好きですか」
「・・・答える義務は、ある?」
「さぁ。少なくとも聞く権利はあると想いますけど」