だから私は雨の日が好き。【花の章】
立ち上がって私の方へ歩いて来る彼は、いつものように無表情な声で私に問いかけた。
煙草の煙が蔓延し、消した時の焼け焦げた匂いがする。
その二つが私の感覚を鈍らせていた。
近付いた彼の瞳の中は、今まで見たことのないくらい真っ黒な色をしていて。
私はその目の黒さに驚いてしまった。
いつもの深く吸い込まれそうな目の色ではなく。
何の色も移さないその黒さは、私を怯えさせるには十分だった。
優しい彼の色が見えない瞳。
私に感情を読ませる気などない、と。
語りかけているようだった。
「森川君・・・」
「それとも、俺には聞く権利なんてない、とでも言いますか?」
「そんなこと言ってないわ」
「じゃあ、答えろよ。そんなに櫻井さんが好きか?」
敬語の外れた彼の声は、とても冷たく響いた。
半年前、彼を挑発して手に入れた時の屈辱の声に似ていて。
でも、それ以上の優しさを知っている今の方が、その声が冷たく聞こえた。
あぁ、そういえば。
あの時もこの子はこんな悲痛な声を出していたんだったわ。
あの時の痛々しさは一向に薄れる気配がなくて。
この子もこの子なりに苦しんでいるんだと想った。
目の前に立っている森川君。
私もソファーから立ち上がり彼を見上げた。
大きな体の中には、誰にも見せない繊細さと優しさを沢山秘めている。
体温高い彼の頬に手を伸ばして触れたはずなのに、その頬は驚くほど冷たかった。