だから私は雨の日が好き。【花の章】
昨日私は、彼に向かって真っ直ぐ告げたのだ。
圭都を『想い出す存在にしたいくない』と。
それは紛れもなく本心であり、私の気持ちそのものだ。
そんなことを告げた後に、誰かに触れたいと想うなんてことは今までなかった。
触れて、真っ直ぐに目を見つめることなど。
少し前の私には、絶対に出来なかっただろうと想った。
でも、触れたかったのだ。
泣きそうだった森川君をそのままにしておける筈もなく。
触れれば泣き出しそうな彼に、何か伝えてあげたいと想った。
――――――あの言葉は――――――
心臓が、五月蝿い。
そんな訳がない、と。
否定をしたところで否定しきれるはずもなく。
信じられない答えに辿りついてしまった。
立ち上がって机まで行くと、その上にはいつも通り彼の煙草が置いてあった。
その代わり、私の煙草は無くなっていた。
そんなに気に入ったのなら、自分で買えばいいのに。
安っぽいモテルのメモには『先に帰ります』という一言だけ。
昨日の夜、此処に着いた時にちゃんと言ってくれたから、別にメモなんて残さなくてもいいのに。
私はマルボロメンソールに火を付けた。
立ち上る煙に想い出す人影を見つけて、静かに目を閉じた。
その人は、華奢な背中をしている人ではなかった。
自分の一番大切なところを隠して、いつも距離を感じた人ではなかった。
初めて人を好きになることを教えてくれた人では、なかった。
目を開けると、部屋の中に広がった煙がゆっくりと消えていく所だった。
テーブルの上のマルボロメンソールを見つめて笑う。
認めることは怖いけれど。
認めざるを得ないことも、また確かだと想って。
私にとって森川君は。
とっくに特別になっていたのだ、と理解した。