だから私は雨の日が好き。【花の章】





――――――コン、コン――――――




秘書室のドアがノックされ、美憂が返事をしながら立ち上がる。

返事を聞いて扉が開くと。



そこには森川君が立っていた。




「お疲れ様です。あの・・・」


「森川?どうしたの?」


「ほんどだ。珍しいね、森川が秘書室に来るなんて」




美憂が戸惑っていると、他の二人が彼に声を掛けた。

秘書室には、森川君の同期が二人いる。

そういえばそうだったな、と驚いている気持ちを隠して『お疲れ様です』と事務的な声を掛けた。

ちらりと私を見る顔は仕事の顔なのに、目が合うとその瞳を優しそうに緩めた。

誰も気付かない程度のその行為。

それでも気付く自分に少しだけ驚いた。




「お疲れ様です。先ほど、うちのクライアントである会社の副社長がお見えになって、対応を社長にお願いしてしまったと伺いました。社長がお手隙でしたら、お礼をと思いまして」


「社長の担当は亜季さんだよ。亜季さん。社長のスケジュール、この後空きでしたよね?」


「定時にお帰り頂ける程度に調整済みよ。良ければご案内しましょうか?」




あくまで仕事の顔のまま、森川君の対応をする。

私達の間にあったどうにもならない時間のことなど、微塵も感じさせない笑顔で。


いつも通りの私の対応に後輩たちはなんの反応も示さなかった。

ただ一人、森川君だけは。

眉間に少し皴を寄せて、ほんの少し不機嫌そうなオーラを纏った。

目の前にいた同期の子ですら驚いたようで、小さく『え・・・』と声を漏らしていた。




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