だから私は雨の日が好き。【花の章】
「では、お願いできますか」
「えぇ。内線を入れますので、お待ちください」
私はあくまで事務的な姿勢を崩さず。
彼も、一瞬纏った不機嫌オーラを営業の顔の中に押し込めていた。
彼の同期の女の子はまだ驚きの余韻を引きずっているようで。
いつもの顔に戻った彼の前から動けずにいた。
「森川・・・、何かあった?」
「ん、いや。どうした?」
「ううん。ただ、なんかいつもと違う感じがしたから」
「ちょっと忙しくてな。年末が近づくといつもこうだ」
「そっか。また飲みに行こうね」
「あぁ、同期会な。忘年会楽しみにしてる」
社内の彼の交友関係を知る機会が今までなく、二人の会話を新鮮な気持ちで聞いていた。
同期会ということはおのずと山本さんも参加なわけで。
『楽しみにしてる』という言葉が『同期で集まること』なのか『山本さんと一緒だから』なのか。
そんなくだらないことまで考えてしまっていた。
「お待たせしました。ご案内します」
「ありがとうございます。お手数をおかけして、申し訳ありません」
「いいえ」
デスクから立ち上がり、分厚いスケジュール帳と代表印の必要な書類の束を持ち上げた。
秘書室の隣が社長室。
社員が自由に出入りできるように、同じフロアに社長室を構えているが、会社の中では奥まった場所にあった。
秘書室の扉が閉まり隣の部屋の前に立つ。
ノックをしようとした手を、体温の高い手に掴まれた。