だから私は雨の日が好き。【花の章】
「・・・何か?」
「別に」
「じゃあ、離してくれる。私も暇じゃないのよ」
握られた手首にギリッと力が入る。
顔を歪めると目の奥が心配そうな顔になり、すぐに力が緩む。
けれど、それは自棄に傷付いた顔に見えてしまって睨むことも見つめることも出来なくなってしまう。
言葉足らずのこの人は、いつも目線だけで何かを伝えようとしてくれる。
それを知っているのに。
私はこの一か月の間に目線を合わせることさえ出来なくなっていた。
真っ直ぐ私を見つめる彼は、一か月前のままで。
耐えきれず目線を上げて見つめると、初めて会った時のように苦しそうな顔をしていた。
あんなに穏やかで吹っ切れたようだったのに。
何があったのかと、心配をせずにはいられなかった。
「どうしたのよ」
「何がです?」
「そんな顔、してなかったじゃない」
「俺は元々こういう顔です」
「違うわよ。もっと優しい顔で、吹っ切れたような顔をしてくれたじゃない」
「そうでしたかね?もう忘れました」
そっけない返事のくせに、私の手首を一向に離そうとしない。
その手に『離したくない』と言われているようで、不謹慎だけれど喜びを感じたのも事実で。
仕事中で無ければ彼の様子のおかしさを問いただしていただろう。
けれど私は、彼の手を振り払った。
掴まれていた力が強かった分、まだ私の手首には彼が残っているようで。
その部分を押さえて彼から少し距離を取った。
振り払われた彼は、とても冷たい目の色をしていて。
何の感情も読み取れないような営業独特の笑顔を浮かべていた。