だから私は雨の日が好き。【花の章】
「・・・社長がお待ちです」
「失礼しました。お手間を取らせまして」
「いえ・・・」
それ以上の会話は続かなかった。
社長室の扉をノックして中へ入る。
社長の机まで進み要件を伝え、森川君を連れてきたことを伝えた。
営業の人間と話をするのが好きな社長は、上機嫌で森川君のために時間を作ってくれた。
伝達事項を伝えてお茶を用意するために社長室を出る。
扉を出た後、もう一度掴まれた右手を握りしめた。
―――――――どうして、あんな顔を?――――――
まだ微かに感覚の残る手首から手を離し、秘書室へと戻った。
秘書室の中は少しざわついていた。
また何か問題でもあったのか、と心配になり声を掛ける。
スケジュールのトラブルは続くもので『よりによってこんな日に』と小さく溜息を吐いた。
「お疲れ様」
「亜季さん、お疲れ様です」
溜息を吐いたことが分からないように、いつもの仕事の顔を向ける。
振り向いたみんなが私に向かって声を掛けてくれるのを聞きながら、お茶出しの用意をする。
ざわついていた訳ではなく、どうやら森川君の話で盛り上がっているようで。
それなら何よりと、と安心した。
聞き耳を立てるつもりはなかったのだが、否が応でも聞こえて来てしまった。
「あの子大きいねぇ」
「あぁ、森川ですか?大きくて無表情だから怖そうに見えるんですけど、いいヤツですよ」
「へぇ。意外と綺麗な子だったね」
「だって企画営業部ですもん」
「あぁ、納得。対応の良さからも『出世株』って感じよねぇ」
「近寄りがたいので表だって人気はナイですけど、隠れファンは多いですよ」