だから私は雨の日が好き。【花の章】
「お疲れ様です。あの、これ」
「あぁ!森川、ごめん。ありがとね」
律儀にコーヒーカップを届けてくれたのを見て、同期の女の子がそれを受け取りに行った。
カップを届けてくれるなんて、とても彼らしい。
そうは想ったけれど、目線を上げることは出来なかった。
「杉本さん」
仕事用の爽やかな営業の声で私を呼ぶ。
その声に動揺してはいけないと分かっていても、驚いて肩が揺れた。
目線を上げると仕事の顔をした彼がいて。
同じように仕事の顔で笑顔を作った。
「なんでしょう?」
「社長がお呼びでした。声を掛けて来てくれ、と」
「それは、わざわざ申し訳ありません。お手数をお掛けしました」
いえ、と返事をしながらも彼は動こうとしない。
同期の女の子と会話をしながらも、秘書室から出ていく気は無いようだった。
私は手帳を持って立ち上がり、二人の横をすり抜けようとする。
そんな私を『通す気はない』とばかりに、肩を掴んで呼び止めた。
「それと、企画営業部の資料を持ってくるように、とのことでした。資料の場所は自分がご案内します」
「え、えぇ。ありがとう・・・」
「いえ」
みんなの前で何の躊躇いもなく掴まれた肩は、やっぱり熱くて。
驚きと緊張で、声が震えてしまった。
森川君の行動に驚いたのは、もちろん私だけでなく。
全員の視線が私と彼に集中しているのが分かった。