だから私は雨の日が好き。【花の章】
「ふざけたつもりは、一つもないんですけどね」
悪びれることもなく、彼は言った。
『信じられない』と非難の目をしてみても、彼の表情が崩れることはなかった。
その非道く痛々しい笑い方。
懐かしい、と想った。
貴方が苦しいと言った時の顔だったから。
「あんたは結局、何も分かっちゃいないんだ」
「・・・なんのことよ?」
「自分のことですよ。気付こうとしないんだ、自分のことに」
「何を言ってるの?自分のことは自分が一番知ってるわ」
「そうですか?俺には『自分のことが一番分からない人』に見えるけどね」
会社にいるのに、彼は敬語を使わない。
自分の感覚が狂わされるようだったので、しっかりとスーツを握り締めた。
此処は、逃げ場のないホテルじゃないわ。
服を着て仕事をしていて、表の顔で立っていられる場所だわ。
森川君からしっかり距離を取り、鈍い痛みを残した手のひらを握る。
扉の前に立っている彼はとても自嘲的な笑みを浮かべて。
そして、とてつもなく優しい瞳で私を見つめた。
その目に見つめられて、息が止まる。
いや、息をすることさえ忘れて見惚れてしまったのだ。
「一月一日、午前零時。駅前の大型ビジョンに来て」
「え・・・?」
「絶対に、来てください」
「ちょ・・・っ!森川君っ!!」
それだけ告げると、踵を返して資料室を出て行った。
仕事に戻らなくてはいけないのに。
私はその場にへたり込んだ。
あと三ヶ月も先の約束を、私はどうすればいいのだろう。
自分の身体を抱き締めて蹲る。
握りしめた私の手よりも、どうすることも出来ない胸の痛みばかりが残った。