だから私は雨の日が好き。【花の章】
「失礼します。頼まれていた資料をお持ちしました」
「あぁ、ありがとう。確認させてもらえるかな?」
「はい」
机から立ち上がり、応接用のソファーに腰掛ける。
その横に立ってファイルを渡した後、お茶を用意するためにポットの方へと足を向けた。
社長はお茶へのこだわりがとても強い。
特に日本茶の淹れ方にはとても厳しい。
それゆえ、秘書課の子達の一番最初の研修は『緑茶を美味しく淹れる方法』なのだ。
中学、高校、大学の一貫教育の女子高出身である私は、『淑女のたしなみ』としてお茶の淹れ方から点て方までしっかりと教え込まれていた。
お茶をテーブルに置いて、私も向かいに腰掛ける。
資料から少しだけ顔を上げて社長が笑った。
「杉本」
「はい」
「企画営業部の森川を、どう評価する」
突然出てきた思いもよらない名前に、動揺した。
社長の前で取り繕っても、この人はすぐに見抜いてしまう。
営業気質のこの人を相手にするのは一苦労なのだ。
「よく知っているわけではありませんが、真面目な方と伺っています」
「お前からの印象はどうだ?」
「私から、ですか・・・?そうですね・・・」
何を伝えればいいのか分からなかった。
けれど、想い描いた彼はとても優しい顔で私を見つめていた。
触れる手の温度も、思い切り叩いたあの頬の感触も。
想い出すほどに鮮明になるのは、そんなものばかりだった。