だから私は雨の日が好き。【花の章】
櫻井さんの家はうちの部署の最高の飲み会会場だ。
会社が近く家の中も広い。
何より、この家の主はいつ誰がここに来ようと必ず面倒を見てくれる。
そんな人だ。
「おい、森川。ビールでいいか?」
「まだ飲む気ですか?」
「当たり前だろ?男二人だけなのに、酒無しでいられるかよ」
「わかりました。付き合います」
渡されたビールはキンキンに冷えていて、それはそれで美味そうだなと感じることが出来た。
俺にビールを渡した張本人はそそくさとベランダへ向かう。
仕方なしに、俺もその背中を追った。
二人で缶ビールを片手にベランダに出た。
真冬のこの寒い中、なんだってベランダに出なければいけいないのかと思いながら。
それを拒むことはなかった。
この家の外履き用はなぜかスリッパが置いてある。
俺はそのスリッパを気に入っている。
櫻井さんがたばこに火をつけた。
たばこの葉が燃える匂いがして、隣から白い息が吐き出される。
片手で勧められたマルボロメンソールに手を伸ばした。
会社の人間で、俺がたばこを吸うことを知っているのは櫻井さんだけだ。
この人の前で隠し事をすることが出来ないのは、それほど俺がこの人を慕っているからなのかもしれない。
「ありがとうございます」
「俺の家では、遠慮するなよ」
不敵に笑うその顔は、自信に満ちた『大人の男』だった。