だから私は雨の日が好き。【花の章】





櫻井さんの家はうちの部署の最高の飲み会会場だ。

会社が近く家の中も広い。

何より、この家の主はいつ誰がここに来ようと必ず面倒を見てくれる。

そんな人だ。




「おい、森川。ビールでいいか?」


「まだ飲む気ですか?」


「当たり前だろ?男二人だけなのに、酒無しでいられるかよ」


「わかりました。付き合います」




渡されたビールはキンキンに冷えていて、それはそれで美味そうだなと感じることが出来た。

俺にビールを渡した張本人はそそくさとベランダへ向かう。

仕方なしに、俺もその背中を追った。


二人で缶ビールを片手にベランダに出た。

真冬のこの寒い中、なんだってベランダに出なければいけいないのかと思いながら。

それを拒むことはなかった。


この家の外履き用はなぜかスリッパが置いてある。

俺はそのスリッパを気に入っている。



櫻井さんがたばこに火をつけた。

たばこの葉が燃える匂いがして、隣から白い息が吐き出される。


片手で勧められたマルボロメンソールに手を伸ばした。



会社の人間で、俺がたばこを吸うことを知っているのは櫻井さんだけだ。

この人の前で隠し事をすることが出来ないのは、それほど俺がこの人を慕っているからなのかもしれない。




「ありがとうございます」


「俺の家では、遠慮するなよ」




不敵に笑うその顔は、自信に満ちた『大人の男』だった。





< 13 / 295 >

この作品をシェア

pagetop